2020年は:アフターコロナを想う

アフターコロナ、未来のことを書く前に2020年の自分を振り返ってみる。

年始に立てた目標

2019年秋口から左足の親指の関節が、原因不明の感染症で腫れてしまい処方の抗菌剤を飲み、完治に3ヶ月近くかかった。ずっと家にいたので、本を読もうとか色々考えたが実行できずに、行政書士の資格を取ろうかなって思い通信教育を申し込んだ。
それと、来年はオリンピックだし英語を勉強し直そうかなってヒアリングマラソンを始めました。
両方とも11月後半に初め、12月はなかなかいい調子で進んでいた。

1−3月病院のお世話になり、緊急事態宣言に

コロナではないが、2019年に続き別の疾患で通院・入院・手術となった。検査に時間が取られて、判明してオペ、退院は2週間ぐらいですが、心は穏やかではなかったです。

半年近く撮影もできずに、目標のお勉強をテキストとDVDで進めるうちは知らないことを知る面白さもあり、それなりに進むが、過去問題になると徐々に遅れてくる。

徐々にあれって

定職についての勉強で無いことが今回は裏目に出てしまった。生活のリズムきっちりとできてないと、コロナ禍で人との接触は無い、徐々に試験日が近くなっていく、なんでこの資格取ろうと思ったんだろうなどなど、徐々にメンタルがおかしいなと思い始めた。オンライン、オフラインであれ人とコミュニケーションすることが人間にとっていかに大切かを痛感した。感じる心が壊れてしまった。
カウンセリングの勉強したことがあるので、自分でこれはまずいと感じ、思い切って資格の取得はやめることにした。そうして、写真教室や撮影を始めたら気持ちも復帰できたようです。

2021年はどうする

2021年で還暦。今まで自分で経験してきたことを整理し直して、活かしていくことにしようと考えている。勉強したもの、仕事を通して経験したことを見直してアウトプットしてみようかと思っています。

コロナ禍とアフターコロナを考える

アフターコロナを考える前に、今年のコロナ禍で想うことは、政府や行政には経験したことのなり感染症と言わずに、新型コロナ、他国が経験した感染症にどう対策していったかを学び、定期的に発生する感染症にへの対策をしてほしかったと想う。災害や問題が起これば、国債で賄うのでなく、議員さん、官庁が無駄に使っている費用を、未来の災害予防や医療体制、教育に回してほしいと思いました。
Gotoキャンペーン自体がもうコロナが終わってしまったかのような印象を、国が発してしまったこと。キャンペーンをするなら、旅行する側が守る感染対策と予防も並行してメディアとタグを組んで発信しなかったことが大きい。知人は利用したが、3密回避を守り消毒もしていたが、大人数の年配客がマスクもせずに大声で話していたと言っていた。

キャンペーンをしなくても、旅行に行きたい人はいく。むしろ余裕がなくても納めている税金から、旅行に行ける人の補助をするのはなんかおかしいと思う。

11月上旬に感染者が増え始めた時に、人の移動の制限、3密徹底を喚起していればと悔やまれれる。

アフターコロナに向けて

コロナが終わっても、コロナ以前には戻らない。この間に経験したこと、新しい価値観で民間は変化していくだろうと思う。戻ることは無い。
どんなにお金があっても(日本は借金大国)担い手の人手がなければ、どんなサービスも提供できない。今回の看護師・医師不足もそうだろ。
人を育てるのは1年や2年ではできない。10年20年先を考え、人を育てることを考えてほしい。そして国籍や外見で対峙するのではなく、多様な価値観、文化、常識を受容できる人間、国であってほしいと思う。
「You are OK. I am OK.」でありたい。

追記:旅行は行かなかったけど、ある業界にはお金を大分落としたと思う。大分使いすぎた感じがするが、最後の入れ替えだから。