今日は選択の積み重ねである

1年を超えるコロナ禍。東京神奈川埼玉千葉は、二度目の緊急事態宣言になった。人々はますます、不安と不満とで余裕がなくなり今まで通りにできないことを、今までできたことを感謝するのではなく、他者への攻撃に向けがちになってしまっている。

我々の今は常に存在する選択から生まれる

わかりやすいことから言えば、体は日々の食事からよくわかっている。食事コントロールをできずに、つい甘いものを食べてしまっては体重を増加させてしまい、後悔をする。これは分かりやすいですよね。正しい知識のもと、食事の量、食べるタイミングなどを食べたいという欲求と、食べれば良くないという両極間で選択をする。

気がついていない人が多いと思うが、選択は朝起きる時から始まるのだ。目が覚めそのまま起きるか、二度寝するかから・・・。その人にとって重大と思っている人生の節目の選択も。重い軽いなしに膨大な選択のもと今の自分がいる。

情報を読み解く、疑う力

高校時代だったか短大の社会学の授業だったか、こんな課題が出された。入手できる新聞、メディアを元に、自分で事件あるいは記事を選び、メディアでどのように扱われているかを比較しレポートを書くというものだった。どの記事を選択して各紙の記事の分析をすることは、そのメディアごとにフィルターを意志を通してアウトプットされるものであるから、事実はどこにあるのか、真実とは何かを考える視点が必要だと思う。まだ、新聞、TVメディアは社内に校閲や法務がありSNSのように匿名で誰でも発信できる真偽不明の内容も世の中には、散漫しているのだ。同じ映像や図を見て、そのまま信じるのか。その選択を否定するわけではないが、その選択はそのまま自分に帰ってくる。自分がどのように考え今後の行動選択していくか、よりより社会作り、過ごしやすい安心した社会づくりへ行動していけるのか、そういう情報を読み解く力をつけてほしい。
そうすることが、社会情勢の動きを予測想定につながると個人的には思う。

人と人の関係は国籍ではない

中学3年生の夏休みに、アメリカ中西部の田舎にホームステイした。自分が外国人になった経験をした。その間同じ団体の交換留学生以外は日本人に会うことはなかった。ほとんど英語は喋れない、そういう中でどうする。言葉が通じなくても、考えや意志を伝えることはできるのだ。お互いが伝え合いたいと思いいろんな方法を試すことで、伝わっていく。
この経験は人間同士でなくても、人間と動物でも同じ。人同士も人と動物達も個と個の関係なのだ。
私の住むURにはいろんな国籍の人が住んでいる。エレベータでもコロナ前から挨拶やちょっとした声をかけるようにしていた。今でこそ、3ヶ国語で張り紙が出るようになったが、改装工事の説明で資料は日本語のみだったから、少なくとも英語の資料も用意するように私は提案した。逆の立場だったら、そう望むから。
年末、私が公園で転んでしまった時、助け起こしてくれたのはエレベータで何度か挨拶した外国人だったのだ。ああ、やっぱり人の関係は人と人だなと痛感した。

自分にとってメリットのあるものの選択の行方

SNSなどで中国や韓国の資本が入り、100%日本の資本でない企業を非難している投稿がよくある。製造業を中心に人件費を安くするために工場を海外に移すことになり、技術の流出、人材が育成ができなくなったのは、価格という競争力をつけるために海外工場が多くなった。安い方が自分にはメリットがと言い購入するという選択をしてきた自分たちの結果なのだ。

また、本当に働き手が足らないのだろうか?第一次産業を仕事にしている人たちは、かなり過酷な労働環境で働いている。どうでないと食物を生産できなかったりするからだ。また介護や看護師など専門性を必要としながら、家庭を持ち子供を育てていくには決して十分な対価をもらえてない人たちもいる。
農業や建設現場、介護の世界に海外の就労者を実習生や様々な制度で外国人を入れてるのは、日本人の就労従事者がいないからに他ならない。担い手がいなければ、日本の食料自給率はますます減って、海外で何かあれば日本は飢えるのだ。

自分たちが日々選択、決断し生きる背後に何があるかを考えてみてほしい。故郷納税も自分の住むところの住民の医療福祉財源が減ることを、認識してほしい。

金持ちは偉いのか?国民に上も下もない

今日のNHKの党首に聞くという番組を聞いていて、政治家には相手に伝える資質が必要だと思った。
菅総理は「若い人は、重症化しないが軽症のため他の人に移してしまう・・・」と言っていたが、「若い人は、呼吸器が必要になるほどの重症になることは少ないが、働けない、学校に行けないなどの後遺症に悩む人も多い」が本当だろう。それから重症のベット数を増やすために「コロナ病床を増やしてもらえる病院には、〜万円を・・・」とお金を出してやるから病床数を増やせって、上から目線に感じたのは私だけだろうか。国民に行動変容を求めているのであれば、議員自らが模範とならないのは何故だ?彼らは特別なのか?政府が「国から払われますという国は、国民の税金と借金なのだ」政府、議員さん達の給料から払われるなら、もっと出費が増えないように、先手先手の対策をするだろう。
病院はもう本当に、手一杯だ。通常の怪我・疾病の対応の病院の医師・看護婦も必要なのだから、もう病床はいっぱいだと言うべきだろう。それでも医療関係者が、最前線で戦う医師・看護師を助けるために、自分の病院でどうしたらできるかという共助をしているのだ。

感染者数が減っている時に、冬は患者数が増えると言われ続けていたのをほったらかしに、大阪は都構想、自民は総裁選とGotoに走り、人材の確保や専門病院の設立を怠ると選択の結果なのだ。もう医療崩壊だ、トリアージが始まっていると言えないのか。リスクの際の情報公開は嘘をつかないことでしか、信頼回復はできない。これはBtoCも政府と国民も同じだ。台湾がコロナをうまくコントロールできているのは、国民に正確な情報を支え対策を提示すること、政府が国民と同じ目的で動くことが素早い対応と施策につながったのだ。1年経ったのに政府として分析、反省、学ぶことは無いのか?と思ってします。

2021年をどう過ごす

自粛している時にできることをやってみる。新しく挑戦するためのノウハウの知識を得たり、今まで学んできたことを整理して、まとめたりしてみようと思う。
まだ、構想の時点だけど、進めていくことが充実した日を過ごせると思っている。
ほぼ医療崩壊に近いのだから、事故や急な疾患で命をなくす可能性はいつでもある。その時に後悔しないような、朝起きてから寝るまでの選択をして行動したいものだ。