<マッキントッシュで作る新聞>

その頃、私は会社のPR誌の制作、編集を担当していました。今のような編集ソフトで割付をするのではなくて、紙ベースで指定して入稿していました。徐々に版下出力前までをPCで進めようとしていた時期でした。

何回目かのホストファミリーへの訪問の時、町の新聞「Oakland Independent」はマッキントッシュでレイアウトして版下出力をしていたのだ。「お〜凄いな。1,200人の町で進んでる〜」ってね。編集長とは共通の話題があることもあって、行く都度いろんな話ができた。

私もメカっぽいことが好きで、MacはSE30からPC系は98Noteからスタートしている。パーソナルコンピュータを始めるきっかけは、英会話学校に1000時間通いある程度自由に話せるようになった時、使う場を求め友人の紹介でThe Forum for Corporate Communicationsに参加することになり、メンバーのデーターベース管理をすることになった。このFCCの月例セミナーは、当時は有楽町のFCCJで行われていた。年1回英文広告賞の審査発表もしてしていて、10回目には記念の冊子の作成も担当した。費用もなくてPCと版下のハイブリッド方式で製作した。例会をFCCJで開催しなくなったときには、ウェブの仕事で忙殺されるようになって離れることになった。この頃には、編集にもPCが導入されるのが一般的になって、Adobeの基本的なソフトは多少は使えるようになった。

<カメラ、写真への関心>

初めてカメラを触ったのは、アメリカに行く時に父が貸してくれたキャノネットでした。もちろんMF、絞りに合わせて露出の自動的にシャッタースピード決めてくれる。最終日に集合写真を撮ろうとしたら電池切れ、売ってないしどうか。晴天だったのでフィルムの箱にあった設定で撮影できた。

本格的に写真というものに関心が深まるのは、就職して会社のPRの作成を担当するようになってから。対談やインタビューがあれば、撮影が入る。来ていたN氏はその人の内面も写し出してしまうような人で、テーマや内容に合わせて登場者をより的確に表現できる素晴らしい人だった。同じ角度で同じ機材で撮っていても生身の息遣いさえ聞こえてきそうな写真でした。対談インタビューもMF、手動巻き上げで、カメラマンの動きに注視していなければ何時撮ったのかわからないぐらい、素晴らしい。

すごい

どうしたらそんな写真が撮れるんだろうと思った。シャッターを押すタイミング、動きなどを見て学んだ。カメラマンってすごいなって思った。N氏はITにも詳しくて、色々と質問をしては答えてくれて、私のMacやカメラの師匠でもある。後に彼がIT系の仕事で忙しくなり別のカメラマンにお願いしたときに、N氏の撮る写真の凄さを痛感した。

そのころは、露出の基本的なことは分かってなかった。ウェブを担当するようになって、上司がカメラメーカーを担当したCDで色々と教えてもらった。写真教室でも良い先生に巡り合い、オリンパスの瑞光道場などにも参加できてラッキーだったと思う。そして今に至る。